2/21/2010

映画 『 フェイル・セイフ / FAIL SAFE 』


神はアブラハムに試練をお与えになった。

「アブラハムよ」
「はい、ここにおります」
神は仰せられた。
「おまえの息子、おまえの愛する
ひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き
私の命ずる山の上にて息子を焼き
イサクを生け贄として捧げなさい」
~創世記 第二十二章  Genesis 22 ~

【フェイルセーフ】

フェイルセーフという言葉を知っているだろうか?
今回、僕には聞き慣れない単語だったので少し調べてみた。

”Fail-safe”もしくは”Fail-Safe-System”とは
高信頼化技術が目指す目標のひとつであり、
機械やシステムが故障してもなおかつ安全を保つこと──とある。

それは故障が起きにくい高信頼度の部品を作ったり、
二重・三重にシステムをカバーする事や、
信頼度を上げる事で安全性を得るのとは違う。

仮に機械が故障しても常に安全──つまり、
あらかじめシステム全体の設計に取り込んで
人に危害が加えられないようにすることである。

簡単に言うと・・・万が一の場合の無条件な安全の確保。
進行を制御する概念をフェイルセーフと呼ぶらしい。

【無条件安全】

例えば、車道で交差点の信号機が災害で故障などすると
全ての方向で赤色で点滅した状態になると聞いたことがある。

またご存知の通り、鉄道においては何か事故が起きた場合、
たいていは列車が止まる事でフェイルセーフを実現している。

詳しくは解からないのだけれども、
現代のコンピューター産業ではもっと複雑に
システムが組まれているのだろう…どうだろう。

他の高度な分野でも、調べた中から一例を挙げておくと
原子力発電所──原子炉の緊急事態時には制御棒が重力により
落下する事で核反応を減少させる仕組みになってるらしい。

そして仮にこの話を
国策の分野から更に国防へと発展させてみて欲しい──

【軍事上のフェイルセーフ】

世界を一瞬で破滅させられる軍事力を持つ
二つの強大な超大国があるとしよう。

互いに覇権を賭けて牽制し合う両国関係の中、
日々、国境線上では偵察機が領空を旋回して
未確認の飛行物体に目を光らせている。

空軍基地や空母の滑走路の上では
20メガトンの核弾頭を搭載した爆撃機が
いつでも命令を受けるられるよう
24時間ずっと常に待機したままだ──。

このような場合、間違った命令や事故の発生は
どうやって防ぐのだろうか?
もし、どこかで何かが狂って誤って攻撃でもしたら
人類の不幸というか・・・大変な事態が起こりえる。

・・・・・・・・・・・・

【アブラハムの犠牲】

” 大統領は息をついた。
通訳は思わず顔をそむけたかった。だができなかった。
いよいよ大統領は、およそ人間のなしうる究極の、
もっとも恐ろしい決定を話すところだった ”

~ 『フェイル・セイフ─未確認原爆投下指令─』より ユージン・バーディック&ハーヴイー・ウィーラー ~

【システム内で喪失する人間】

この作品はキューバ危機の記憶も生々しかったであろう
1964年──冷戦時代のアメリカとソビエト・ロシア
当時の両国関係の緊張を物語の深層部に孕んだような映画だ。
ケネディとフルシチョフの交渉を再現したかのような
ホワイトハウスとクレムリン──直通電話の設定もある。

偶発的に引き起こされる全面戦争への恐怖と
機械やシステムの不調がもたらす災いを
サイエンス・フィクションとして描いている。

映画史には同じようなテーマを扱った
有名なスタンリー・キューブリック監督の
『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
/Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb (1964)がある。

上記作品と観比べた場合、
キューブリック作品が知性を皮肉る痛烈な
ブラック・ユーモアと風刺が特徴であるとすれば
『フェイルセイフ』は政治哲学の問題に重点を置いた
非常にポリティカルなサスペンスだとも言えるだろう。

一方が核を使った場合の報復行動とは──すなわち
それは核兵器による最終戦争を意味することになる。
一度動き始めた非情なシステムは止まらないのか・・・

【映画 『フェイルセイフ/邦題:未知への飛行』(1964)】

物語の中では登場人物たちが自問自答を始める。

「こんにち科学技術は状況に応じて大いに発達し
 ・・・今や状況を作ってる」
「今こそ我々の方から先制攻撃をかける状況では?」
「核戦争における勝敗とは何を指すのか?」
「生きる権利とは?生き残りとはなんだ?」
「先に攻撃した我々は生きるに値するのか?」


陪審員裁判がテーマの『十二人の怒れる男』や
ストックホルム症候群を描いた『狼たちの午後』を始め
数多くの社会派作品を手掛けるシドニー・ルメット監督。

俳優の能力を十分に引き出すとの定評がある映像作家だ。
生々しい台詞や表情でスクリーンから迫る登場人物たち──
その演出はさすがに見事と言うしかないだろう。

また、この映画では音楽を一切使用していないが
ある"音"がエンド・シークエンスに待ち受けている。

それは五線譜上の"フェルマータ fermata"のように
息詰まっていくドラマに突然の終わりを宣言し
耐え難いような絶望の空白時間を提示するのだ──

他に類を見ないほど研ぎ澄まされた
音響による演出技法だとも言えるだろう。


by gkz

・・・・・・・・・・・・
監督 シドニー・ルメット Sidney Lumet
原作 ユージン・バーディック Eugene Burdick
ハーヴェイ・ウィーラー Harvey Wheeler
脚本 ウォルター・バーンスタイン Walter Bernstein
出演 ヘンリー・フォンダ Henry Fonda
ダン・オハーリヒー Dan O'Herlihy
ウォルター・マッソー Walter Matthau

資料
『フェイルセイフ/未知への飛行』 DVD ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
『未確認原爆投下指令─フェイル・セイフ─』
ユージン・バーディック&ハーヴイー・ウィーラー 著 橋口稔 訳 創元推理文庫
『メイキング・ムービー』 シドニー・ルメット著 中俣真知子 訳 キネマ旬報社
『リスク・マネジメントの心理学』 岡本浩一 今野裕之 著 新曜社
『鉄道システムへのいざない』 富井規雄 編 共立出版

『常に卵の側に』 村上春樹 エルサレム賞授賞式におけるスピーチ