3/22/2012

Green Green Grass of Home ~故郷へ還る日~


思い出のグリーン・グラス(Green Green Grass of Home)という
1965年に作られたアメリカの曲がある。日本では森山良子が歌い、永く
愛唱歌として親しまれてきた。今回はその曲の歌詞を紹介したいと思う。

ますは、森山良子バージョンの歌詞(日本語詞:山上路夫)。
60代前後の方々に馴染みがあるのはこのバージョンだ。

────────────────────────

「思い出のグリーン・グラス」
汽車から降りたら 小さな駅で迎えてくれるママとパパ
手を振りながら呼ぶのは彼の姿なの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム
帰った私を迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

昔と同じの 我が家の姿 庭にそびえる 樫の木よ
子供のころに のぼった枝もそのままよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

悲しい夢みて 泣いてた私 ひとり都会で迷ったの
生まれ故郷に立ったら 夢が覚めたのよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム
笑顔でだれも迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム





都市部の生活にちょっと疲れた女性が懐かしい我が家に帰り、
故郷を一層慈しむ、そんな仕上がりになっている。

────────────────────────

そして、この曲は本国ではトム・ジョーンズによって大ヒットになった。
彼が歌った歌詞は、作曲者カーリー・プットマン・ジュニア(Curly
Putman Jr.)が作った原詩と同じだ。(日本語訳は拙訳によるもの)


"Green Green Grass of Home"
The old hometown looks the same as I step down from the train
And there to meet me is my mama and papa
And down the road I look and there runs Mary hair of gold and lips like cherries
It's good to touch the green green grass of home

あの頃と変わらない俺の故郷
汽車を降りれば出迎えてくれる父と母がいる
金髪でサクランボの唇をしたメアリーが駆けて来る
故郷の緑に触れる素晴らしさよ

Yes they’ll all come to meet me arms areached smiling sweetly
It's so good to touch the green green grass of home

そうさ、全てのものが微笑みながら優しく両手を差し伸べて迎えてくれる
故郷の緑に触れる素晴らしさよ


The old house is still standing though the paint is cracked and dry
And there's that old oak tree that I used to play on
Down the lane I walk with my sweet Mary hair of gold and lips like cherries
It's good to touch the green green grass of home

干上がって皹はあるけれど古い家はまだちゃんと建っている
俺が遊んだあの古い樫の木もある
金髪でサクランボの唇をした愛しいメアリーと共に小路を歩くんだ
故郷の緑に触れる素晴らしさよ




────────────────────────

これを見ると森山良子バージョンは「俺」が「私」に変わり、
女性が歌うに相応しい仕上がりで何の問題も無いように見える。

しかし、この曲にはまだ続きがあるのだ────────

トム・ジョーンズ本人もは大抵は上記の2番までしか歌わ
なかったそうだが、最後まで歌うことは稀であったという。
それでは歌詞を最後まで記する事にする。

────────────────────────

…Then I awake and look around me at these four grey walls that surround me
And I realize that I was only dreaming
For there's a guard and there's that sad old padre arm in arm we'll walk at daybreak
And again I'll touch the green green grass of home

そして、俺は灰色の壁に囲まれて目覚め、辺りを見回す
そして気づくのだ 俺は夢を見ていただけなのだと
看守、そして年老いて悲しげな牧師が居る
夜が明ければ、腕を掴まれて歩んでゆくのだ
そして俺はもう一度故郷の緑に触れることになるのだ

(Yes,)They'll all come to see me in the shade of that old oak tree
As they lay me neath the green green grass of home

そうさ、全てのものが俺に逢いに来る、あの古い樫の木陰に
そして皆は俺を故郷の緑の下に横たえるのだろう

────────────────────────

彼は、朝には命を絶たれる死刑囚であった。そして1番と2番の
内容は彼が最後に見た儚い夢だった、という結末の曲であった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

当時この曲がアメリカやイギリスで大ヒットとなった訳は「反戦」
「反死刑」というムーブメントのお陰だと云うが、時代を経た今は
よりシンプルで普遍的な「望郷の念」といったものを感じる。

この曲の主人公は囚人であるが、他にも人間関係、金銭的理由、政治的理由、
難民、そして原発事故… 謂れ無き故あって故郷に帰れぬ者は世界中に古今
を問わず多い。そして、そんな者達を描いた曲もまた数多くある。

故郷へ想いを寄す…浅川マキが歌った「山河ありき」、ショパンが遺した
Etude Op.10,No.12を始めとする数々のポーランドの曲…そして、
啄木の一首を思い出した。

石をもて追はるるごとく ふるさとをい出しかなしみ 消ゆる時なし